楽しく働くフクミのブログ:FAN&FUN

楽しく働くフクミのブログ

人はアルゴられてロボットのたまごっちとなってしまうのか?

約4分

1996年に発売開始され、その後も何回か大ブームとなった ” たまごっち ” って覚えていますでしょうか?
品切れが頻発し、入荷の噂が立っただけで店舗の前に大行列が出来た、アレです。

そもそも20代よりも若い人は知らないでしょうが、まあ簡単に言えばデジタル携帯ペットです。
小さい筐体の画面の中のキャラが、世話の仕方で成長具合が変わってしまい、きちんと世話をしないと機嫌が悪くなったり、条件が揃うとおやじっちになってしまったりすると言う面白さが大人気の火を点けたのでした..。

今までは人間がゲームをしていたのかもしれませんが、これからは人間がゲームをされている様に管理されていく時代になっていくのかもしれません。

それは一体何を意味しているのでしょうか?

現在、私達は様々なデバイスに囲まれて、その中かから様々な情報を得、そしてそれに対してフィードバックを掛け、そこから更にフィードバックを貰うと言うループの中で ” アルゴられた ” 生活をしています。

例えば今時のニュースサイトのキュレーションサイトは、ある記事を見たらそのニュースを見た事で、更に同じ様なジャンルのニュースが集まって来るフィルターバブルの中で気が付かない内に生活をしている訳です。
でもそれは若しかしたら、その様な嗜好になる様にロボットに徐々に誘導なのか、調教されていったのかもしれません..。(これがアルゴられた状態です。)

最近ではスマートウォッチを着けている人も増えてきました。
スマートウォッチは様々ななだめすかしで、着けている人に運動をする様に促して来ます。
この様なタイミングでこの様に働きかけたら、この人は運動をし始める、だからこの様に訴えかけ様と大量のデータを溜め込みながらパターン解析をしている訳です。

更に近未来は一体どの様になっていくのでしょうか?

これからはロボットは冷静に人間のキャラを見極め、この人には厳し目に忠告を促し、そしてこの人には甘い言葉でその気にさせると言う様にもっとバリエーションが出て来るのでは無いでしょうか。

そしてロボットには遊ぶと言う思考回路は無いですから、単なる条件出しの為に、この人はリアルおやじっちにしてしまえと働きかけてくるかもしれません。

ロボットからするとレベルの中間には全く興味を感じられず、おやじっちになるのかそうでは無いと言う単純な2種類に線引きをして試行錯誤を続けていくのでは無いでしょうか。
その様にロボットには人間の様に曖昧さが有りませんですから、全ての事はデジタルに1か0のいずれかで、合格か不合格の様に判断をしていくのかもしれません。

更にはそれらを効率化させる為に、どんどんと中間を排除し、結果としては個性が無くなり偏りが極端に大きくなっていくのでは無いでしょうか。

この様に考えてくると、最早何かロボットにアルゴられ、私達はリアルたまごっちとして遊ばれている様な気がして来ます!

例えばスマートウォッチから警告される内容次第で、私達が運動してスリムになったり、運動しなくて太ってしまう様は、本当にたまごっちっぽく感じてしまいます。

たまごっちの様に効果を考えて色々なコマンドの中から実行する種類を選べたり、そのコマンドもしつこく感じさせ無い様にインターバルを調節してみるのが重要となっていきそうです。

これらはロボットにとっての実験材料なのかペットと考えられますが、映画マトリックスの様に人間が只の動力源とまで落とし込まれてしまうかもしれません。

人とロボットの関係は、主従が近い内にひっくり返る様になり..その後は一体どの様な世界が築かれていくのでしょうか?

おやじっちとして育てられながらも、それを気付かずヘラヘラと生きている、いや生かされている自分を想像すると未来に恐怖すら覚えてしまいます。

いつになったらその近未来が始まるのでしょうか?
いや..若しかしたら気が付いていないだけで、既に私達はアルゴられヘラヘラしてしまっているのかもしれません..ね。(怖っ!)